こなもん食のトレンドのいまを知る

日本で粉物文化が盛んとなったのは、戦争による影響が強いもので、戦後の食糧難に日本人の主食となる米が不足していたからです。GHQ占領下にあった日本は、食糧の配給を受けなければ生きてはいけず、受けた支援はユニセフからの援助と、ララ物資、ケア物資の民間団体などで賄われていました。そうした中、アメリカで当時だぶついていた小麦粉が、大量に日本へと持ち込まれるようになって来たのです。もちろん日本は稲作と同時に小麦も作られていましたので、うどんや素麺に団子などの料理も存在していましたが、当然お好み焼きのルーツとなる一銭洋食やタコ焼きなども作られていました。海外から持ち込まれた大量の小麦粉は、こうした粉物を作り出すのに適していたばかりか、麺類も作る事ができましたので、うどんやラーメンなどのお店も増えて行ったのは必然と言えるでしょう。粉物の特徴としては、決してメインの料理とは言えませんが、手軽でボリュームがあり、小腹を満たしてくれる事にあったのです。